海とともに   

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↑ 2006年に帰省した時の写真。
堤防の手前風景はほぼ壊滅状態とか・・・


亡くなった私の父親は昭和8年の大津波の話しをよくしてくれました。
父は当時小学生。かけっこには自信があったが、波の早さにはさすがに
負けそうだったけど、必死で高台に走ったとか。
自分一人だったらもっと早く避難できたが、足の悪い叔母に付き添ったため
逃げるのは本当に大変だった。
「オヤジと妹は津波にのまれてしまった。津波のな、引くときの恐ろしさったら凄いんだ、
なーんもかももってってしまうんだ」とも。

海辺の街に生まれ育った私にとって地震といえば、=津波。
小学生の頃は地震があると、その晩は、枕元にランドセルを置き、服のまま
布団に入りました。
一度だけ、ランドセルを背負ったまま高台に避難したことがあります。
母親は「家があるから」と言って家を離れませんでした。
父親は遠洋漁業の船乗りでしたので、殆ど家におらず、女子供だけで
本当に恐い思いをしたものです。


何かしてあげたい。
今すぐ駆けつけて何かしてあげたいです。
でも今すぐはやるべことが見つからず歯がゆい思いです。
せめて間接的な被災者の姪が無事岩手に帰れるまでここで見守ることが
今の私の努めかも。
・・・というか、私が守ってもらっている心境ですが。
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by sogno-3080 | 2011-03-15 05:40 | つぶやき | Comments(4)

Commented by 小紫 at 2011-03-15 22:07 x
本当に今回はその状況が明らかになるにつれあまりの自然の脅威に叩きのめされ,さらに原発の動向に心を痛めています.

姪御さんが一日も早く岩手に帰れるよう,帰って日常生活ができるよう,心からお祈り致します.

この困難に立ち向かうにはあまりにも非力ですが,ひとりひとりが心して立ち向かわなければ,スタートできない.いまはそんな風に思っています.
Commented by sogno-3080 at 2011-03-16 06:06
*小紫さんへ

コメントありがとうございます。
身にしみて嬉しいです。
大船渡で十分チカラを発揮できるような強靱な
体力作りに、私も気を配っています。
若いチカラは貴重でしょうから。
Commented by ake at 2011-03-16 08:47 x
鋤昆布のご縁で。。。。
sognoさんのご実家は?と即座に心配になっていました。
毎日、ここをクリックする日がつづきました。

ご実家のこと、津波の怖さ、姪御さんのこと、大変な状況の中で更新いただきありがとうございます。

こういうときは、
ブログをやっているもの同士はお会いしたことなくともつながっていることを切実に実感しております。
私も、できることを自分の場でやっていこうとおもいます。
sognoさんも姪御とごいっしょに乗り切ってください。
そしてご夫婦の個展もおやりになってくださいね。こういう場合、自粛しないで。。。前に進んでください。
私も機会があれば着物着て、サクラの京の画像を発信したいと思っています。
Commented by sogno-3080 at 2011-03-16 18:14
*akeさま

コメントありがとうございます。
実は個展のことをずっと考えていました。
本当のコトを言うと気分はそれどころではないの
です。でも、私はオットと相談し、あえて予定通り
進めることに決めました。
今日から案内葉書を発送しています。
「ガンバレ岩手!!
ガンバレ東北!!
負けるもんか!!」
と付け加えました。

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